世界放浪1年半2018~2020年 南アジア スリランカ

シギリヤロック・1500年前の王の孤独に思いをはせる

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めちゃ安バスでダンブッラからシギリヤロックへ!

2019年3月15日

昨日ダンブッラに着いたばかりですが、さっそく世界遺産のシギリヤロックへ行きますよ~。移動手段は勿論バスです。ダンブッラからシギリヤロックまでのバス乗り場はゲストハウスのご主人に教えてもらいました。

Googleマップでみるとだいたいこの辺です。

 

表通りに面した(昨日も通った)、食堂や商店が軒を連ねる場所です。次々といろんな場所へ行くバスが到着し、ちょっとしたバスステーションになっているようです。

ちなみに次の目的地アヌラーダプラ(Anuradhapura)へ行く時もここからバスに乗りました。・・・ん?昨日乗ったバスって確かアヌラーダプラ(Anuradhapura)行きだったよなぁ。ってことはココも通った!?なんだ、それを知ってたらゲストハウスに近いココで降ろしてもらえばよかったよ~。

近くでバスを待っていた男性にシギリヤ行きのバスってどのくらいおきに来るの?と聞いたら「30分か一時間おきかなぁ?」と曖昧なお返事。まぁ、私もバス停で同じこと聞かれたら似たようなこと言っちゃうと思います。

 

15分くらい待ったところで「来た、来た、あれだよ」と、さっきの男性ではない別の人が教えてくれました。後ろのバスがシギリヤ行きです。バス代はひとり40スリランカルピー。これを書いてる2020年11月のレートで計算すると約23円。安っっ!

バスは出発するとあっさりとダンブッラの中心地を抜け、のどかな田園風景の中へ。

 

気が付けば車窓にででーん!とシギリヤロックが!バスは約40分ほどで到着です。

 

シギリヤのバス停からシギリヤロックへは徒歩で

降ろされたのはGoogleマップでみるとこの辺。シギリヤのメインバスターミナル200メートルほど手前です。シギリヤロックが目的なら、ここが一番近いんだと思います。

 

バスを降りた地点からシギリヤロックまでの道順はこんな感じです。例によってGoogleマップ。これはチケット売り場のある遺跡博物館までの道順です。

 

矢印の方向へ進み

 

画像のゲートを左に折れると遺跡博物館方面へのお堀沿いになります。距離もあるし、暑いし、最初は「歩くのやだな~」なんて思ってたんですが、

 

ワンコに案内されつつ景色を眺めながら歩いていたら、いつの間にか着いちゃいました。ただ、本当にとても暑いので熱中症にはご用心。

 

シギリヤロックの哀しい物語

ここで突然ですが、そもそもシギリヤロックっていったいなんぞや?

ではここで、ジャングルの奥に箱舟のように浮かぶ大岩に刻まれた、哀しい物語を・・・。

むかしむかし、いまから1500年ものむかし、スリランカのアヌラーダプラをおさめていた王様がいました。その王様には側室の生んだ長男と、正室の生んだ次男がいました。ある日、次期王座を巡って争いごとになり、長男は弟を追放し、そして父である王様を殺してしまいました。夢にまでみた王の座につくことになった長男カッサパ王ですが、その地位と引き換えに父殺害の後悔と、弟の復讐に怯え、心は深い闇へと落ちてゆくのです。

やがてカッサパ王は誰の手も届かぬようなジャングルの奥地、天空にそびえる大きな岩の上に宮殿を造り暮らしはじめます。花々の咲く庭園には(まるで故郷アヌラーダプラのように)豊かに水をたたえた池が作られ、宮殿では華やかな装飾品を身に着けた女性たちが微笑む、それは幻のような小さな空中都市でした。そう、カッサパ王は、あのシギリヤロックで壮大な引きこもり生活に入ったわけです。

その引きこもり生活はある日突然、あっけなく幕を閉じることとなります。追放された弟が遂に攻め入ってきたのです。観念したカッサパ王は自害し、シギリヤロックはやがて歴史の表舞台から消え、再び深いジャングルの中、長い眠りにつくことになりました。

 

・・・とまぁ、なんとも切ない「引きこもり王物語」の舞台となったシギリヤロックです。そのイカレポンチっぷりからスリランカでは「狂気の王」と呼ばれいるようです。

一説には父親への懺悔と供養のためにこのシギリヤロックを選んだんじゃないかともいわれ、私個人としても、いつか弟が攻め入ってくることは百も承知で、この地で父親への供養をしていたんじゃないかなぁと思いました。

 

さて、バスを降りた後は、先ほどの乾いた土の道を進みシギリヤロックを囲うように造られたお濠沿いに出ました。

 

このお濠には(本当かどうか知らないけど)ワニがいるらしいです。むかし、追放した弟の復讐を恐れたカッサパ王がお濠にワニを放ったとか放たないとか。

 

サソリくんがペッチャンコになってました。これもカッサパ王による刺客でしょうか。

 

大きな蟻塚もありました。これもカッサパ王の弟対策に違いありません。弟を蟻の大群でビビらせる案。

 

シギリヤロックのチケットは遺跡博物館内で購入

 

右手にシギリヤロックの入り口が見えますが、その前にチケットを購入しなきゃなりません。

 

外国人用チケット売り場はシギリヤロックの反対側へ進んだシギリヤ遺跡博物館の中にあります。

 

シギリヤロックの入り口でチケットを買えないのは面倒ですが、アンコールワットみたいに何㎞も離れていないので、かわいいもんです。

 

料金は2019年3月時点で5430スリランカルピーでした。2020年11月時点でのレートだと約3095円です。激安のバス代に比べるとかなりアレですが、ここは思い切って奮発しました。

チケットはシギリヤロックと遺跡博物館の共通になってます。時間がない人はこのまま遺跡博物館を見学してからシギリヤロック観光の流れが時間のロスが少なくていいと思います。時間だけはたっぷりとある私たちは、体力のあるうちにシギリヤロックを見て、あとでゆっくり遺跡博物館を見学することにしました。

 

シギリアロックは1500年前に造られた水道が凄い

さきほど素通りしたシギリヤロックの入場ゲートです。

 

ここで荷物チェック。環境保護のためプラスチック類の持ち込みは禁止になってます。さすがに灼熱の下を観光するのでペットボトルはOKでしたが、そのラベルは剥がされました。お菓子を入れてきたポリ袋もボッシュートです。

 

お堀を渡るとシギリヤロックに向けてまっすぐに伸びる一本道、そしてその両側には整備された水の庭園が広がります。ここには沐浴場や水路などが造られ、水道として活用されていたそうです。シギリヤロックで思わず感心してしまうのが、この水道なんです。

シギリヤロックのてっぺんには雨水をためる大きな貯水池があって、その水はシギリアロックの側面に造られた水路を伝って流れ落ち、この庭園エリアに到達、そして地下水路を通過し噴水状の出口から勢いよく地上に吹き上がり水が供給されるらしいんです。この水道を1500年も昔に造ったなんて、ちょっと驚いてしまいます。カッサパ王は単なるイカレポンチじゃないってことですよ。

 

シギリヤロックに近づくと、等間隔に穴の開いた大岩がありました。

岩にのぼるための足場として造られた穴らしく、昔の名残が今もこうして見られるんだぁと、ちょっと感動。

 

シギリヤロックの消えゆく壁画

シギリヤロックといえば、美女が鮮やかに描かれた壁画「シギリヤレディ」が有名ですが、シギリヤロックの足元に数か所ある寺院跡の穴や壁などにも壁画を確認することができました。

 

人為的に剥がされてしまったりもしたようですが、残された壁画の多くが手の届くところに自然のままに残されていて、

 

これもいつかは風化して無くなってしまうのかなぁと思いました。

 

それでは、いよいよシギリヤロックに登ります。

 

階段の両側にはやけに整った髪型のお猿さんが数匹いました。

 

兄弟かな?じゃれあってます。

 

結構急な階段が続いてなかなかにハードです。はぁ~、あそこまで登るのかぁ・・(実際はもっと登ります)。一緒に登り始めた欧米のお爺ちゃんが「ここに来るのは初めてじゃないけど、もうこれが最後だね・・・ふぅ」なんておどけて笑ってました。(そういうことを言う人に限って、また次も来ちゃうんですよ)

 

父の供養のために描かれた美しきシギリヤレディ

登り進めるといきなり見どころのひとつ、シギリヤレディです。

 

ここから先は急こう配になるので螺旋階段をグルグル進みます。高所恐怖症のひとはちょっと辛いかな。

シギリヤレディは撮影禁止です。数年前まではバンスカ撮れたらしいですが。壁画の劣化を防ぐためかなんかでしょうか現在は撮影禁止になってました。入り口でスタッフの人が「このエリアは写真ダメですよ」とみんなに念を押します。

 

そのシギリヤレディです!じゃーん!・・・え?撮影禁止じゃ?実はコレ、シギリヤロックの後に見学した遺跡博物館にあるほぼ原寸大レプリカの写真です。遺跡博物館スタッフに確認したところ、このレプリカは撮影OKでしたよ。

 

でもね、やっぱりレプリカは所詮レプリカなの。本物はやっぱり全然違いました。

 

実際のレディ達の吸い込まれるような美しさは、まるで魂が宿っているかのようです。本物のレディ達の美しさは現地でどうぞ。

 

この壁画は父親の供養のために描かれたとされているんですが、レディ達の持つ宝石や果物や花がある一定方向を指し示しているんです。その方向に何があるかというと、シギリアロックの双子山ピドゥランガラがあるんです。

 

この山こそ、カッサパ王が信仰の対象にしていたのでは、といわれる山なんです。これを見たとき「ああ、やっぱりカッサパ王は、父への懺悔のためにこの山に引きこもったんだなぁ」と思いました。

この壁画、イギリス統治時代に双眼鏡でシギリヤロックを眺めていたイギリス人に偶然発見されたらしいです。初めてこの壁画の全容を見たときは、ゾっとするほどの驚きだったと思います。

 

ゾっとするといえば当時の壁画鑑賞の様子。世にいう「命がけ」ってやつですか?絶対に無理。

 

次の見どころはこちら「ミラーウォール」です。昔はこの対面にもレディ達が描かれて、それが写るような構造だったらしいです。今はもうレディ達は消えてなくなりました。

 

それにしても、この時期だからか、いつもこうなのか、社会科見学風の元気なお子様が多いです。こっちは登りの連続でクタクタよれよれなのに、さすがお子様たちは元気です。

 

スリランカのお子達は、ちゃんと列を作って、あまり騒がないし、しっかりとした子が多い印象でした。お隣インドのお子達は、スズメバチの巣に石をぶち込んだような騒々しさがありますからねぇ。

 

ライオンの広場で水分補給

 

ライオンの広場に出ました。ここもシギリヤロックの見どころのひとつです。頂上へ続く階段にはどでかいライオンの足が!昔はライオンの顔もあって、大きく開けた口の中に階段が続いていく構造だったらしいです。シギリヤの名前の由来も、ライオンを意味するシンハ、喉を意味するギリヤからきているらしいです。

 

顔がまだあった頃は、こんな感じ?

 

そのライオンの前は広場になっていて、救護用のテント、

 

そして飲料水の供給がありました。

 

シギリアロックはとにかく暑いんで、今も昔も水分はめちゃめちゃ大事。

お子様をかきわけて私たちも持参したペットボトルにいただきました。実はここに来るまでに水を飲み干しちゃって、むちゃくちゃ暑いし「やばい、熱中症で倒れるかも」状態でした。ありがたや~。普通においしい水でしたよ。

 

水分補給で生き返ったところで、いよいよ天守、シギリヤロックの頂上へと向かいます。

 

ここから先、なかなかの高度感です。さっきのライオンの広場が見えます。高いとこが苦手な人にはキツいかも。

 

いよいよシギリヤロックの頂上へ

 

ついにシギリヤロックの頂上に出ました。

 

ここに1500年も昔に豪華絢爛な宮殿があったんですね。

 

そして命の源になった貯水池も見えます。

 

シギリヤロックから眺める一面のジャングルは、きっと1500年前にカッサパ王が見つめた景色とあまり変わっていないのかもしれません。人の手の届かぬジャングルの空の上で暮らした年月、それはどんな孤独な日々だったんだろう・・・と深い緑の海を見て思いました。

 

この場所で、この風に吹かれて、少しだけカッサパ王の気持ちに近づけたような気がしました。

 

名残惜しいけど、戻ります。頂上から別の下りルートがあるのかと思っていたら、もと来た階段を戻るしかなさそうでした。

 

下りは景色が見えるぶん、より一層の高度感。

 

そして、ライオンの広場からはあっという間にシギリヤロックの下まで戻ってきました。この大きな岩はその形からコブラ岩と呼ばれています。

 

確かに首をもたげたコブラに似ている。そのすぐ横ではコブラ使いのおじさんが観光客が通るたびに笛を吹いてコブラ(本物!)を操ってます。コブラ岩の横でコブラ使い・・・なかなか商魂たくましい。え?よくわからん画よりコブラおじさんが見たいって?無理無理、だって写真撮ったらお金を払わなきゃだもん。

庭園では遺跡見学の元気な小学生男子数名が、何かに向かってはやし立てたり、唾をぺっぺと吐きかけてます。それを少し離れたところで女子が「男子ってバカよね」といわんばかりの冷めた目で見ているという世界共通の光景。男子達が何にツバを吐いているのかと覗いてみたら・・・

 

大きなミズトカゲでした。頭隠して尻隠さず状態です。

 

この後は遺跡博物館を見学。その一画にライオンの絵を描いてみよう!みたいな世界各国の子供の絵が展示されていました。

 

なんだ・・・私よりぜんぜんっっうまいじゃないかい。

 

再び朝降りたバス停(?)まで戻り、バスに乗って戻りました。ここが本当にバス停なのかは不明ですが、バスが来て手を振れば停まってくれます。なかなかバスが来なくて30分以上待ったかなぁ?その間、トゥクトゥクの勧誘が続いてこれがかなり面倒くさかった。やっと来たバスは行きと同じ40スリランカルピーでした。

久々の山登り(!?)でこの日はぐっすり爆睡でした。

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