2019年8月2日
1週間巡ったヌブラ渓谷をいよいよ離れる日が来ました。「この日にヌブラ渓谷を出るぞ」とは決めていなかったのですが、じゅうぶん満足できたので、この辺で〆ようと思います。
シェアタクシーでディスキットからレーへ
ディスキットからレーへ行くには、ローカルバスかシェアタクシーを選ぶ人が多いと思います。
訪問した2019年8月時点ではレー行きのローカルバスは朝1本のみでした。しかもディスキットが始発ではなく、8時30分頃バススタンドから道路を挟んだ向かいにある商店前を通過するというもの。
「どんな感じかな?」と前日の8時30分頃に様子を見に行くと、バス到着時点で既に満席に近く、更にディスキットでもたくさんの人が乗り込むので例によってギュウギュウの満員状態。「これでレーまで行くのはキツイなぁ」とローカルバスは諦めて、シェアタクシーにしました。
ディスキットのシェアタクシー乗り場は、バススタンドから1㎞ほどトゥルトゥク方面へ歩いた場所にあります。なんで中心地から離れた場所に造るかな~?バススタンドはじゅうぶん広いし、シェアタクシー乗り場と共用にすればいいのに・・・。
ディスキットのシェアタクシー乗り場です。数日前にレーに帰ろうとして昼過ぎに行ったときは「この時間じゃレー行きのタクシーは人数集まらないし厳しいね」と言われディスキット滞在が決定した場所です。(→記事をみる)
その時に「朝に来ればレー行きは出ると思うよ」と言っていたので今日は大丈夫でしよう。
6時30分頃シェアタクシー乗り場に到着すると、先発のレー行きのシェアタクシーが早くも出発するところでした。後発のレー行きを待つお客さんも数名いて、私達を入れてあと2名揃ったら2台目も出発できるとのことです。
10分ほど待っていると遠くから大きい荷物を持ったお兄さんが歩いて来るのが見えます。(レーに行く人かなぁ?)と皆で固唾をのんで見守ります。「どこに行くの?」「レーまで」(よっしゃぁぁぁ)心の中でガッツポーズ。
(あとひとり!あとひとり!)と心の中でコールをしていると、リュックを背負ったお兄さんが歩いて来ます。「レーに行きたいんだけど」(よぉぉっしゃああああ!)
6時53分無事、レー行きのシェアタクシー出発です。運賃はひとり500ルピーでした。
車内ギュウギュウ。
標高5000m以上の山岳地帯を走るので雄大な景色も見られるんですが・・・
あーーー残念、生憎のどんより曇り空。
おっと!ここは、この間レーに戻る車をヒッチハイクしようとして苦戦した分岐じゃないですかぁ。
荒涼としたラダックの景色の中をシェアタクシーは走ります。
8時10分小さな集落で休憩。
一緒のシェアタクシーのお客さんたちは、それぞれ朝食を食べたりチャイを注文したりしています。
我家もチャイを注文。
マニ車あった。回します。
ふたたびシェアタクシーは走ります。くねくねと峠道をのぼってゆきます。
荒涼とした景色の中にポツリポツリと小さな小さな集落。
峠道のカーブに「ここまで車で送ってもらい、これからレー行きの車を探す」という大きな荷物を持ったファミリーがいました。私達の乗っているシェアタクシーは残念ながら満席で乗れず。こんな険しい峠道の途中で乗せてくれる車は見つかるのかなぁ?心配になる。ただ、この後にレー行きのローカルバスが通るはずだから、それに乗れば大丈夫かな?
その後も峠道を上ってぐんぐんと標高をあげ標高は5117m。(ブレた)
雪をかぶった山肌が見える。外は寒そうです。
5245m。(またブレた)
何度もインド軍のトラックとすれ違い。
・・・・!?
!!!インド軍のジープがペッちゃんこだよ!状況からして上から転がり落ちたんだよね??うわぁぁ・・・乗ってた人は大丈夫だったかなぁ。
10時20分チェックポイントです。ここでパスポートチェックしたかどうか忘れた。
みんなで外をウロウロしていたら、インド軍のヘリがグィーンと近づいてきてじっくり観察された。なんだかインド軍の車列も頻繁に見かけるしヘリも飛び回っている。皆の話から察すると、どうやら「パキスタンとの緊張が高まってきているらしい」というのは理解した。
この時はまだ、数日後にこの地で起こるブレイキングニュースの予兆だとは、わかりませんでした。
ここまで来れば、レーはすぐ近く。
あそこに見えるのがレーの町かな?
11時20分レーに到着しました。ディスキットから約4時間半かかりました。
お疲れ様でした。
そういえば朝からチャイしか飲んでなかった。さっそく食堂で美味しいランチをいただきました。
こうしてみると、やっぱりレーは賑やかな町だなぁ。お店は余るほどあるし、欲しいものがなんでも揃う。レーはやっぱり都会だと思う。
一週間ぶりに出発前にお世話になっていたホステルに戻って来ました。
部屋の窓から雪をかぶった山々が見える。たったひとつの山塊を隔てたあの向こうには、ヌブラ渓谷のように素朴で質素で、そして交通も通電時間も制限される過酷な環境下で暮らす人々がいるのかなぁ・・・。